公開日:2026/07/08
原因特定から計画、実行まで。「人事・労務施策の方程式」で自社の課題を改善しよう
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目次
日々発生する人事・労務トラブルや現場の不満に対して、忙しい人事担当者は「就業規則の改定」や「個別事案の対応」といった表面的な対応をしてしまいがちです。しかし、問題が起きる構造を理解していなければ、せっかく打った施策の効果が半減してしまいます。
SmartHRは2026年5月、人事・労務業務のヒントが得られる基調講演と、4社の人事・労務担当者による事例セッションからなるイベント『他社のやり方、覗き見セミナー』を開催しました。基調講演にご登壇いただいたのは、数々の組織で労使トラブルの予防や制度構築を先導してきた特定社会保険労務士の内野 光明さんです。
人事・労務業務においての課題・原因特定方法や、施策の優先度決定、施策の効果を最大化する計画・実行のコツなど、企業における人事・労務DXの前提となる内容をお話しいただきました。
内野 光明
社会保険労務士法人workup 代表・特定社会保険労務士
経営課題として人事労務に向き合う企業に対し、労使トラブルの予防・解決、人事賃金制度の構築・運用、就業規則の整備、給与計算・労働社会保険手続を総合的に支援。大手企業の人事部および人事コンサルティング会社勤務を経て、2009年に社会保険労務士事務所を開設。制度整備にとどまらず、「現場で機能する運用」を見据えた提案を強みとし、経営者との対話を重ねながら組織の安定と成長を支えている。
「小さな組織なら人事・労務体制を整備しなくてよい」わけではない
企業が労務トラブルを未然に予防するために必要な人事・労務体制の整備水準は、以下の方程式で表すことができます。
必要な整備水準 = 従業員数×雇用の複雑性×労務環境(意識)

「従業員数」が多いほど労務トラブルの発生頻度が高まるのは当然ですが、それ以上に注目すべきなのは「雇用の複雑性」と「労務環境(意識)」です。現代の組織では、正社員だけでなく限定正社員、契約社員、パート、嘱託社員など雇用区分が多岐にわたり、フレックスやシフト制など勤務形態も複雑化しています。人手不足や社会のホワイト化が進んだことで、ハラスメントや労働時間管理、未払い残業に対する従業員の意識と期待も一変しました。
この方程式が意味するのは、たとえ従業員の規模が小さくても、雇用の複雑性や環境の変化が大きければ、大企業と同じレベルの高い整備水準が求められるということです。
たとえば、従業員30名の中小企業でも、正社員のほか契約社員、パート・アルバイトと複数の雇用区分があり、リモートワークと出社が選べるフレックスタイム制を導入している場合、「雇用の複雑性」は非常に高くなります。一律のルールで労務管理を行なうことは難しく、標準的な労働時間制のみからなる100名規模の企業よりも緻密な労務整備が必要になるでしょう。
みなさんもぜひ、この方程式に自社の状況を当てはめてみてください。自社が労務トラブルを未然に防ぐために、どのくらいの水準の労務整備が必要なのかがわかります。
「5つの視点」 で課題のボトルネックを特定する
労務トラブルを防ぐには、下記の5つの視点で現場で起こる問題を整理し、何がボトルネックになっているかを見極めることが重要です。

1. 制度(ルールは明確か)
雇用区分の違いや労働時間制度など、働き方ごとに正しく適用・管理できる土台となるルールが整っているか。
2. 業務プロセス(流れは決まっているか)
採用や有期契約の更新判断、時間外承認など、申請から確認、給与反映までの一連の流れが標準化されているか。
3. 体制(担当や役割は明確か)
決裁者や許可を出す人は誰か、本部と現場の役割分担が明確で、現場の管理職(店長や師長など)の判断に依存しすぎていないか。
4. ツール(記録・確認ができているか)
契約書類の取得・保存や、シフト作成と勤怠実績の連動など、多拠点であっても本部が状況を一元確認できる仕組みがあるか。
5. 現場運用(ばらつきはないか)
拠点や店舗ごとにルールの運用や説明内容にばらつきが生じていないか。共通の基盤として正しく現場で回っているか。
たとえば「ある部署で特定の従業員だけ残業が多い」という課題に直面した場合、「早く帰りなさい」と注意するだけでは解決しません。5つの視点を使って「なぜこの従業員は残業が多いのか」という原因を整理し、何がボトルネックになっているのかを突き止めましょう。
- 制度:そもそも残業の事前申請ルールがあるのか
- 業務プロセス:申請フローの煩雑さなどにより、残業の事前申請ができていないのではないか
- 体制:課長が業務負担を1人で抱え込み、調整機能が働いていないのではないか
- ツール:勤怠システムなど、リアルタイムの労働時間を把握・警告する仕組みがあるか
- 現場運用:拠点の「残業」に対するとらえ方が会社の方向性と乖離があり、その拠点だけ運用ができていないのではないか。
私がここで強調したいのは、人事・労務課題の整理や原因の特定は関連情報がデータ化されてはじめて可能になるということです。そうでなければ、仮説を立てても検証することができません。データによる人事・労務情報の管理こそが5つの視点を支え、現場の課題を解決するための共通基盤となるのです。
施策の優先順位を決める「3つの要素」
課題の原因やボトルネックが見えてきたら、次の3つの要素からなる方程式で、施策の優先順位を決めていきます。
優先順位 = 法的リスク×発生頻度×改善効果

3つの要素はそれぞれ次のような意味を持っています。
- 法的リスク:放置すると訴訟や深刻な行政対応につながる問題(解雇、未払残業など)
- 発生頻度:日常的・定期的に発生する事案の多さ
- 改善効果:1つ整えることで会社全体に効果が広がり、システムやフローに落とし込みやすいテーマ(雇用区分定義、時間外申請、年休管理など)
この方程式が意味するのは、「法的リスク」の高さだけで施策の優先順位を決めるべきではないということです。訴訟などにつながるリスクへの個別対応はもちろん最優先しなければなりませんが、通常の「法的リスク」については、「発生頻度」の高さや「改善効果」の得られやすさとあわせて優先度を考えることが大切です。
たとえば「就業規則の全面的な見直し」と「有給休暇の申請・管理フローのデジタル化」では、どちらから着手すべきでしょうか。就業規則の見直しは重要ですが、実行に時間がかかるうえ現場で使う頻度も低く、効果が見えにくい側面があります。一方で、有休管理のデジタル化は、法的リスク(年5日取得義務違反)を防ぐだけでなく、毎月必ず発生する(発生頻度が高い)業務で、一度システム化すれば全社への即効性(改善効果)があります。そのため今回の場合は、後者から着手したほうがよいでしょう。
この方程式において優先度の高い施策とは、言い換えれば「仕組みにしやすい施策」です。課題のボトルネックを突き止め、仕組みレベルの施策から着手することで、最小の工数で最大の効果が見込めます。単に個別のトラブルを防止するだけでなく、組織全体の業務効率化が期待できるのです。
「施策実行の5ステップ」で効果を最大化する
着手すべき施策が決まったら、下記の5ステップで実行し、現場に定着させます。

- 決める:優先順位の高いテーマに絞る。
- 回す:申請・承認・確認を日常業務の流れに乗せる。
- 役割を決める:誰が判断し、説明し、確認するかを明確にする。
- 記録を残す:履歴を残し、後から確認・説明できるよう管理する。
- 直す:拠点差や担当者差を見て、必要に応じて見直す。
たとえば、前出の「有給休暇の取得促進」という施策を5つのステップで実行する場合、下記のような計画が立てられます。
- 決める:「有給取得率〇%必達」と優先テーマに掲げ、経営陣と合意する。
- 回す:毎月下旬に、翌月の有給希望日を必ず提出するフローを日常業務に組み込む。
- 役割を決める:現場の管理職が声かけ・シフト調整を行い、人事部門はシステム上での取得状況チェックを行なう、と役割を明確にする。
- 記録を残す:クラウド勤怠システム上で申請・承認履歴を管理し、後から誰が何日取得したか可視化する。
- 直す:取得が進んでいない部署があれば、現場の管理職にヒアリングし、業務の偏りといった運用差を修正する。
このように、自社で進めたい施策の実行計画を5つのステップに沿って書き出すと抜け漏れがなくなり、施策の精度が向上につながります。
5つのステップを実行する際、人事担当者は「映画のプロデューサー」のように振る舞う必要があります。
まず、早期から経営陣を巻き込んで議論を行い、施策実行にコミットしてもらいましょう。現場から見ても、人事だけでなく経営陣も注力するプロジェクトには推進力が生まれるものです。
座組が整ったら、拠点ごとの主役(店長や師長など)にシナリオ(動画などのマニュアル)を渡し、施策を実行へと移します。実行フェーズに入れば、計画通りに進んでいるかを確認しながら記録に残し、トラブルに対処しながら軌道修正を繰り返すことが定着への近道となります。
「実施前の準備」が人事施策の成否を左右する
人事・労務業務の改善は実行のサイクルを回しつづけることで定着しますが、課題の設定や実行計画が適切でなければ、その効果は半減してしまいます。
自社の課題がどこにあり、何がボトルネックになっているのか。最優先で着手すべきなのはどの施策で、どのような手順で計画を進めるのがよいか。施策を実行する前にこうした点を掘り下げておくことが、施策効果の最大化と組織全体の業務効率化につながります。
SmartHR コラム編集部
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