公開日:2026/05/19
「使いにくいシステム」を許容するリスクとは?worker-friendlyが必要な本当の理由

目次
「このシステム、使いにくいな」と感じるとき、問題の本質は見た目ではなく、「情報の届け方」そのものが多様なユーザーを想定できていないことにあります。「慣れ」で解決を図ることは、一部の従業員を置き去りにするだけでなく、データの正確性を静かに損なう原因となります。
SmartHRでプロダクトデザインを統括する宮原は、「『使いやすさ』は付加価値でも情緒でもなく、"当たり前品質"であり、企業の意思決定を支えるインフラだ」と言います。SmartHRが掲げるサービスビジョン「worker-friendly」は、まさにその哲学を体現するもので、単なるUI改善のスローガンではありません。
「働くみんなが使いやすい」とは具体的にどのような状況なのか。AI時代におけるプロダクトデザインはどうあるべきか。宮原に聞きました。
宮原 功治
株式会社SmartHR 執行役員 兼 VP of Product Design
イベントオーガナイザー経験後、音楽スタートアップを共同創業しデザイン責任者を務める。2016年以降、プロダクトデザイナーとして複数社のプロダクトデザインを請け負い、その後freee株式会社でサービス開発とデザインシステムの立ち上げに従事。2019年6月にSmartHRへ入社後、プロダクトデザイングループの立ち上げと、コンポーネントライブラリ『SmartHR UI』のリニューアルを主導。2021年1月現職に就任、現在はメンバーの活躍支援や環境整備も担う。
使いにくいシステムは、静かにデータを壊す
使いにくいシステムは、企業にどのような弊害をもたらすのでしょうか?
使いにくいシステムがもたらす最大の弊害は、作業時間を奪うことではなく「静かにデータを壊す」ということです。操作が億劫になれば入力は雑になり、結果的にデータが欠けてしまいます。
誰もが一度は、システムの操作に「面倒くさい」とストレスを感じたことがあるはずです。そうなると、人は「入力作業を終えること」に必死になり、肝心の「何を入力するか」という思考の質を落としてしまいます。
本来、システムは蓄積されたデータを経営判断や組織改善に活かしてこそ価値を発揮します。とくに人事システムは定量的な情報だけでなく、定性的な情報も重要です。従業員の秘めた思いやコンディションといった「本人しかもち得ない情緒的なデータ」こそが、組織の解像度を高める鍵となります。
自分の内面を言語化するにはそれなりのエネルギーを要しますが、システムの操作で知的体力を削られてしまうと、結果的に入力内容の質が低下します。こうしてデータが欠損してしまうと、人事も経営も現状を正しく把握できません。使いやすさは「あったら嬉しいもの」でも付加価値でもなく、企業の意思決定を支えるインフラ、"当たり前品質"なのです。

システムがユーザーの時間を奪わない「マニュアル不要」の世界
従業員の操作フォローにおいては、マニュアルや社内研修が一般的な手段だと思いますが、この点はどう考えていますか。
システムには社会やニーズの変化に応じた絶え間ないアップデートが求められますが、そのたびに社内マニュアルの修正や研修を強いるのは、私たちの本望ではありません。また、社内マニュアルを前提とした運用は、現場に「学び続ける負担」を蓄積させ、結果として入力の遅れを招きます。
管理側が使いやすいバックオフィス向けのシステムが多数あるなかで、なぜSmartHRは「みんな(従業員)が使いやすい」ことに投資しているのでしょうか?
これはきれいごとではなく、SmartHRのビジネスモデルの成り立ちに由来しています。
SmartHRが最初に提供したのは「入社手続き」機能でした。最初から、従業員が自ら情報を入力する「フロントシステム」としてスタートし、そこから年末調整などへ領域を拡大してきた経緯があります 。「従業員が迷わず使えること」が機能の根幹であり、それができなければサービスとして成り立たない、という切実な状況からスタートしています。
だからこそ、創業期から今日にいたるまで、ブレることなくこの一点に投資し続けることができています。
AI時代に求められる「誰でも使える情報設計」
労働人口の減少により、働く人材の多様化が進んでいます。そうした状況を受けて、プロダクトデザインのあり方はどう変化していますか?
「誰でも使える」ことの重要性は以前よりも増しています。労働人口不足を背景に、後期高齢者の方や外国籍の方、さまざまな特性をもつ方々が活躍したりと、ユーザーの多様性は広がり続けています。また、働き方の多様化や業種によって利用デバイスが異なります。SmartHRでは、こうした状況を見据え、かねてから多様なユーザーや利用シーンを包摂する土台を高いレベルで築いてきました。
SmartHRにはアクセシビリティの専門組織があり、単に「見た目を整える」だけでなく、情報の構造そのものを正しく整えることに投資し続けています。すでに多くの機能で、スクリーンリーダー(読み上げソフト)の利用や、キーボードのみの操作が可能で、誰もが他者の手を借りずに手続きを完結できる状態を実現しています。こうした「迷いやミスを削ぎ落とす設計」は、一部の人だけでなく、あらゆるユーザーの入力精度を底上げする基盤となります。
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アクセシビリティの追求は、今後ますます重要になりそうですね。
もうひとつ、急激な変化として「AIが同僚になる時代」がすでに来ています。これからのプロダクトデザインは、人間だけでなくAIも、システムを利用する多様なユーザーとして捉える必要があります。
実は、アクセシビリティへの投資はAI活用においても極めて重要です。「誰でも使える」を突き詰めることは、人にもAIにも読みとりやすい情報構造を構築することにほかならないからです。正しい構造で作られたシステムは、スクリーンリーダーだけでなく機械(AI)も正しく情報を読みとれます。これを「マシンリーダビリティ」と呼びますが、人の多様性に向き合ってきたことが、結果的にAIにとっても使いやすいシステムづくりに直結しているのです。
AI時代において、マシンリーダビリティの低いシステムはどうなりますか?
従来は「機械が読めないシステム」でも、人間が画面を見て解釈すれば運用できました。しかし、AI時代においては「人間しか操作できないシステム」となり、これから求められる効率水準を満たせなくなるおそれがあります。

すべての機能に、使いやすさが宿る仕組み
SmartHRでは新機能を続々とリリースしていますが、すべての機能で品質を担保するためにどのような工夫をしていますか?
正直言うと、属人的な頑張りや人を増やすという力技だけでは追いつかないフェーズに来ていますね(笑)。そこで、私たちは2つの仕組みでアプローチしています。
1つは、定量的な「使用性チェック」です。独自の評価基準で使いやすさを可視化し、基準に満たない場合は改善の機会を得られるチェックポイントとして機能させています。「感覚的な良し悪し」ではなく、「誰もが迷わず操作でき、正しいデータが残る構造か」を判定し、最低限の品質を担保しています。
そしてもう1つが、「プロダクト原則(信頼性・透明性・効率性・新規性・即効性)」です。
プロダクト原則は、開発現場でどのように機能しているのでしょうか?
プロダクト原則は、いいシステムをつくるためのコミュニケーションガイドとして機能しています。
開発チームの営みの半分以上は、人と人とのコミュニケーションです。コードを書く、デザインをつくるといった作業はAIが担うようになるなかで、人間が担うべき仕事は「豊かな問いを立て、意思決定すること」です。
たとえば「透明性」という原則があることで、開発チームの目線を揃え、「このUIはユーザーを迷わせず、正しいデータ入力を促せるか?」といった問いを立てられるようになります。デザイナーがつくったものをただ受け入れるのではなく、チーム全体で共通言語をもって批判・改善できる土台があるからこそ、品質がスケールしていくのです。
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誰も想像していなかった「当たり前」を、つくりにいく
「使いやすい」を当たり前品質としたうえで、ユーザーにどのような価値を提供したいと考えていますか?
人事労務担当者の業務プロセスを根本から変革したいですね。SmartHRはかつて年末調整を「アンケートに答えるだけで書類が完成する」という体験に落とし込み、イノベーションを成し遂げました。今後は、それをも凌駕するインパクトを生み出したいと考えています。
たとえば、給与計算で扱う情報は、一人ひとりのパフォーマンスや働き方が詰まった、会社にとって非常に価値の高いデータです。だからこそ、ただ集計して終わるのではなく、そのプロセスを「データベースを磨く場」へと再定義したいと考えています。 給与計算を走らせると、同時にデータの更新漏れが検知され、自然と情報の精度が高まっていく。計算という下流の工程から、データベースという上流の工程へと価値が逆流していくようなイメージです。

非常に画期的なアプローチですね。そうした理想に対して、現在のSmartHRの到達度はどのくらいだと評価されていますか?
つくり手としては……まだまだですね(苦笑)。私たちが目指す「worker-friendly」は、それほどまでに高い水準だと考えています。「まだまだ、もっとよくできる」という伸びしろは、私たちがユーザーのために提供できる新しい価値の種そのものです。
今後さらなるイノベーションを起こしていくために、宮原さんはどのような視点を大切にされていますか?
お客さまの要望に真摯に耳を傾けることは大前提ですが、真のイノベーションは、既存の業務への違和感から生まれると考えています。
「なぜ、この作業が必要なのか」「なぜ、この使い勝手が許容されているのか」。そうした現状への健全な課題意識をエネルギーに変え、業務のあり方そのものを塗り替えていく。誰も想像もしていなかったような「未来の当たり前」を、私たちはこれからも提示し続けていきたいと考えています。

執筆:周藤瞳美
撮影:曳野若菜
古和 由布子
SmartHR Mag.編集メンバー。建築業界で営業を経験した後、求人広告制作、BtoBメディアでタイアップ記事などのコンテンツ制作に携わる。好きなものはサウナやヨガで汗を流したあとに飲むビール。
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